三日後

徐々にフロントガラスに映る鬱蒼とした林の木々の輪郭がはっきりとしてくる。どうやら、残雪にタイヤを取られたため、カーブを曲がりきれず、林道から外れて斜面に落ちたようだ。幸い、深い竹薮のおかげで車に大きな損傷はないようだ。意識を失ってからどれくらいたったのだろうか。ズキズキと痛む頭を抱えながら、亜子は携帯を床から拾った。ところが頼みの綱の携帯の液晶はひび割れ、電源を押しても反応はない。やはり、事故で壊れたようだった。
既に乾いた血の感触がある額以外、たいした怪我をしてないこと確かめた亜子は、なんとか傾いた車から脱出した。打撲のような痛みを感じる右足をひきずるように歩きながら、亜子は抜け道を通ったことを後悔していた。いつもなら、添付メールで原稿を送るはずが、niftyのメンテナンスのため送れず、FAXを持っていない亜子は自動車で30分ほどで出版会社まで到着できることを知っていたので原稿を直接もっていくことにした。木名亜子ほどの作家であれば、編集担当を待っていてもよかったのだが、次の連載依頼の打ち合わせに間に合うには直接行ったほうが都合がよかったのである。
しかし、途中、ナントカという変な名前のIT会社での爆発だか火災だかで通行止めにあい、大渋滞を嫌った亜子は、山道を通る抜け道を選んだ結果がこれであった。
仕方なく電話を借りに民家を探す決意をした亜子であったが、都内とはいえ、その林道は不気味に静まりかえっていて、彼女の背筋には冷たい汗が流れた。
ようやく30分ほど林道を下に降りたところに集落が見つかり、そこから町田のほうへ戻れる国道が見えた。痛むを足をさすりながら、亜子は一軒の民家の前へと辿り着く。
「トゥイマテーン!」
その民家には門がなく、庭と畑がそのまま縁側へと続いていた。
「トゥイマテーン、お電話お借りしたいんですが!」
どうやら、民家には人の気配が乏しい。そこで亜子は仕方なく、庭から縁側の方へと回りこんでみた。ところが、縁側の奥の居間にも人気はなく、ただ甲高い電子音が響くだけであった。
その電子音はテレビの電源から発せられる音のようだが、不思議なことに音声は聞こえない。
「どなたかいらっしゃいますか?」
そう言いながら、何気なく電源がついたままのテレビに目を向けた亜子は思わず歩みを止めた。
最初、外国の風景を写していると思われたテレビ画面をよく見ると、そこが、あの見慣れた東京タワー沿いの一角であることがわかった。どうして瞬時にわからなかったのか?それは、本来ならあるはずの東京タワーが亜子の知っている形をとどめていなかったからである。無人の街を写すテレビカメラは横倒しのまま、東京の惨状を淡々と伝えている。
「まさか、そんな・・・」
思わず、つぶやいた亜子の背後から男の声が呼びかける。
「そこで何をしている!」
亜子が振り向いた先にはSAT第1248部隊の唯一の生き残り、阿島が立っていた。
のちに、この二人の出会いが人類の存亡を賭けたカギとなるが、彼らはそれをまだ知らない。
「お、おっぱい・・ポローン・・・?」