ミッドナイト・ジャンクション(またの名を「胡蝶’sラダー」)

まだ夜明け前の暗い中、男がただじっと半身を起こしたまま動かない。
隣には半裸の女性がシーツの中で静かに寝息を立てていた。
やがて夜風がシーツをたなびかせるが、それでも男は動かずに居た。
その気配を感じ取ったのか、女は目を覚ました。
「・・・どうしたの、こんな夜中に・・・?」
男は振り返りもしない。
「夢を見たんだ・・・」
長い沈黙の後、男はそう応じた。
「夢?」
「ああ、恐ろしい夢だった・・・。夢の中で、俺はどうしようもなく無力で自信もなく、それでいて何かをやり遂げようという意思の力もなく、ただただ不安で寂しくて、金も無く、仕事もなく、恋人はもちろん、友達さえ一人もいなくて、あまりの孤独に耐えかねて、ネットでわめき散らしても、スターもつかず、ブクマもつかず、誰からも顧みられることもないブログを書き続けているんだ・・・やがて不安と寂しさと孤独の恐ろしさから身を引き裂かれるような痛みに心を貫かれた俺は、あまりの痛みに狂ったようになって周りの人間を傷つけることしかできなくて、母を殺し、父を殺し、妹を殺し、兄を殺し、それでも恐怖と不安と孤独感は消されるどころかますます大きくなるばかりで、どうしていいかわからない俺はやみくもに手にした刃を振りかざして、その場に居た全く関係の無い無辜の人々まで殺し、傷つけてしまうんだ・・・
そして、そのぬらぬらと血にぬれたまま、闇の中をかけめぐった俺はどうしようもない孤独感と罪悪感と寂しさと己の弱さに対する情けなさ、悲しさに耐えられなくなって闇の中で叫び続けるんだ・・・でも、どんなに叫び続けても・・・喉から血が迸るほど叫び続けても誰もそこには居なくて、俺を捕まえようとも、ましてや俺に声をかけたり、肩に手を置いてくれる人間も居ないんだ・・・ただ俺は けもののように誰も居ない闇の中をずっとずっと叫び続けているんだ・・・」
女は身を起こし、男のわずかに震えている背中に手を置いた。
「ただの夢よ・・・忘れなさい。あなたはそんな事をする人じゃないんだもの・・。」
男はさっきまで叫び続けていたような掠れた声で応える。
「サラ・・・俺は恐ろしい・・・お前まで失くしてしまったら・・・俺は・・・。」
「・・・どんなに悲しいことが、どんなに恐ろしいことが起きてもそれを進んで受け入れなさい・・・。」
男は女のほうを振り返る。
「どんなにつらい事でも他人のせいにしたりせず、それをよしとして受け入れなさい。あなたが負けたとか失敗したと感じた時でも意地を張らずにそれを認めてしまうの。」
やがて男は女にもたれかかる。
「あなたの価値はマッチョだとかウィンプなどとはもっと別のところにある事を・・・私が一番よく知ってるわ・・・」
男は女の胸の中で静かに泣き始めた・・・。
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              :
「状況は!」
「大家が独り暮らしの患者に、家賃の催促をしに行った際、下半身裸のまま倒れていたそうです。すでに心肺停止状態だったそうです!」
「ウロニーによる心臓発作ってとこだな・・・、で、血圧は?」
「下がり続けています、回復しません!」
「よし、じゃぁ除細動器を40ジュールにあげて!・・・せぇの!・・脈拍は?」
「まだです!」
「くそっ、60ジュールにあげてもう一度・・」
「やめたまえ、我々はもうすべて手を尽くしたんだ」
「だが、しかし・・・!」
「もう回復の見込める時間は過ぎてるんだ。心肺停止から10分以上経っているんだぞ?脳に回復不能なダメージを与えるには充分過ぎる時間だ・・瞳孔は?」
「反応ありません」
「ではターレン医師、確認を。」
「・・・午前3時17分、患者氏名 義那 吾佳、死亡確認・・・!」