はてぶの

そこは見知らぬ男女がいるマンションの一室のようだった。
「おっ、また出てきたぞ」
眼鏡をかけた20代くらいの男が無表情にこちらを見つめながら呟いた。
(ここは・・・?)
事態が把握できず、呆然としてると部屋の正面に膝を抱えて座っていた少女が話しかけてきた。
「アンタも死んだの?」
「えっ・・・あっ・・」
女は僕の答えを待たずにすぐに興味なさそうに自身の茶髪を掻き上げながら僕から視線を外した。
おかしい。ここは一体なんなんだ。だってさっきまで僕は本厚木駅のホームに(正確にはホーム下の線路に。これは後述する)居たはずなのだ。
「どうやらこれで終わりらしいね」
今度は部屋の中央に立っていたヒゲを生やし、黒ぶち眼鏡をかけた男が話し出した。ここのメンバーのリーダーなのか。
「アンタが仕切ることないだろ?」
先ほど呟いていた暗い目をした男が遮った。
「いや、しかし僕らには共通点があるわけだし・・・」
「共通点って何よ!いったいココはなんなのよ!」
金切り声が部屋に響き、部屋にいる全員が顔をしかめる。
「だいたい、ここになんで連れてこられたのか私にはぜんぜんわからない!」
小柄な、色の浅黒いその若いオンナはそうわめき散らす。
「ママぁ、おなかすいたぁ」
そのオンナの足元に小さい子供がすがりつく。
急に母性を刺激されたのか、その女は落ち着きを取り戻したかのようにその子供を抱き寄せる。
「ママだって、おなかすいたんだから・・・はやくおウチに帰りたいね・・・」
「たくッ!なんだよ、ここは!?おい!?誰か知らねぇのか!!?」
部屋の隅でうずくまっていたスキンヘッドの男が悪態をつく。
「あ、あの、解らないのはみんな同じなんだし・・・そもそも、僕たちは別々の場所に居た。これはみんな同じだよね?」
リーダー気取りの男が焦りを押し隠すようにゆっくりと話し出した。
「あぁん?んじゃおめぇなんか知ってんのかよ?」
あわててそのヒゲの男は言葉を継ぐ。
「あ、いや、知ってるワケじゃないんだけど、さっき少しここに居る人たちとしゃべった時、一つの共通点に気付いたんだ?」
「共通点?」
正面の茶髪の少女が顔を上げた。
「そう、共通点。僕たちはここに連れて・・・どうやってかはわからないけど、このどこかのマンションの一室みたいな部屋に強制的に連れてこらられた。これが共通点。」
「んなもん、見りゃわかんだろ、タコ!」
スキンヘッドの男が怒鳴る。
「ママァ、怖いよぉ」
5歳くらいの男の子が浅黒い小柄な母親らしき女に顔をうずめる。
「ちょっとアンタ、大きい声出すのやめなさいよ!子供が怖がるじゃないのよ!・・・ね?怖くないからね〜?」
「んだと!?ババァ!」
スキンヘッドが立ち上がろうとすると、
「いや、それだけじゃないんだ、共通点は」
「?」
全員がヒゲの男に注目した。
「僕たちのもう一つの共通点。それはここに来る・・連れてこられる前に『死んだ』ってこと。」
それまで一言も発していなかったパジャマ姿の初老の男性が言葉を挟んだ。
「なるほどね。それで・・・オレはとうとう死んだのか」
みんな、その言葉を聴いた途端、押し黙った。
ヒゲは周りを見回すようにして話を続けた。
「ここに来た僕たちはここに来る前に一度死んだ。それが何故だか生き返ってここに連れてこられたんだ」
「おかしいじゃない!私は死んでなんかいない!」
さっきまで泣いていたのか、目を腫らした20代くらいの白衣の女が叫んだ。
「で、でも、そこのオンナのコは手首を切って自殺を図ったらしいし・・・」
ヒゲが茶髪少女を指差すと少女はバツが悪そうに顔を背けた。
「それにそこの君だって車に轢かれたって・・・」
眼鏡をかけた若い男は黙ったままだった。
「それに僕も実は会社帰りにスクーターで事故っちゃってね、へへ」
「やっぱり、変よ」
親子連れの女が呟いた。
「へ?」
「だって、アタシたちはこのコを幼稚園から連れてクルマで帰る途中、高速で渋滞に巻き込まれただけd・・・あっ!」
「何が”あっ”なんです?」
「そういえば、後ろからでかいトラックがバックミラーでスゴイ勢いで近づいてきたのが見えたような・・・」
満足そうに頷くヒゲが何かを言おうとした時、ソレは聞こえてきた。
それは女性のコーラスのような歌だった。
「えっ?何、なんなの??」
どこかで聞いたような歌だが・・・一体・・・?。
「あ、あたしコレ知ってる、確か最近始まったアニメの・・・えーっとなんとかっていうほら・・・パソコンみたいな」
茶髪少女はこの曲を知っているようだった。
皆が呆然とその音源を確かめようと部屋を見まわしていると、何処からか小さい犬がカチャカチャとフローリングを鳴らしながら歩いてきた。
「カワイー!」
白衣のオンナが先ほどまで泣いていたとは思えない黄色い声を出す。
「この犬、ボク知ってるぅ、ういぅっしゅこーぎーだよぉ」
子供が犬に駆け寄る。
「気安く近づくんじゃねぇ!ガキが!」
子供は急に体を強張らせて立ち止まる。
「えっ、ちょっと今の誰?」
誰もがその声の主が見えなかったようだ。
「ばぁか!すぐそこに居るだろ、これだからボンクラどもは死ぬんだよ!」
「おい、マイクか!どこにスピーカーがある!おい!聞こえんてんだろ!?」
スキンヘッドが部屋中を駆け周りながら叫んだ。
「ぅっせぇ!ハゲ!でけぇ声出すな!目の前にいるだろ、馬鹿」
もしやと皆が部屋の中央に鎮座する"お犬様"に視線を集める。
「ま、まさかね・・・」
「そのまさかだよ」
(!?)
イ、犬がしゃべってる?
しかし、位置からして声の主はそこにしか居ない。必然的にその犬がしゃべっているとしか考えられないのだ。
「犬がしゃべる?マイクロスピーカーでもつけてあるんじゃ・・・」
「おめぇらは死んだ。その命をどう使おうとこっちの勝手なわけだ」
完全にその言葉と犬の口の動きはシンクロしていた。信じられない。が、夢を見ている感覚ではなかった。
「そこでだ、おまえらには一つ働いてもらう。生き返らせてもらった恩返しとしてな・・・」
「ちょっと待ってよ!」
白衣の女が割って入る。
「そりゃ、そこの人やそこの親子やひげの人は死んだかもしれないけど、私はスパのマッサージの仕事中に休憩してただけで何も・・・」
「あぁゴチャゴチャうるせぇな!人が話している時は口挟むなって教わんなかったか!」
お前、犬だろ。
心の中で皆いっせいに突っ込んだが、それはその"犬"に伝わるハズもなかった。
「とにかく、お前らは全員死んだんだ。んでそのクソの役にも立たん命を蘇らせてもらった代わりにお前らは仕事をしなきゃならない。それは」
「うぉおおお、ワケわkんねーーこんな犬なんかに!ちくそぉーーー!!!」
スキンヘッドが犬に向かって突然走り出した。それは一瞬だった。
シュンッ!
何が起きたのかその時は解らなかった。
「いてぇぇぇえええええ!!!!」
見ると、一瞬前まで犬を蹴飛ばそうとしていたスキンヘッドが右手を抱えながらうずくまっていた。
右手首から先が・・・ない!
「チッ、これだからゆとりは・・・。止血してもらえただけでも感謝しやがれっての。それにオレの名前は”イヌ”じゃねぇ!しなもんってんだ!」
そう言うと、”しなもん”は前足で何かを招くように掻いた。
ぶぉん。
突然、目の前に黒い玉が現れた。
「なっ・・!」
部屋中の人間が唾を飲み込む音が響いた。
「これは、通称”アコギ”。これにお前らがこれから特攻してもらうターゲットが表示されるわけだ。まぁ見てろ」
再び、しなもんが前足を動かすと1mほどの大きさのその黒い玉に何かが映し出された。

星人名:小池ボブ夫
アドレス:ttp://blog.zoo.ne.jp/koikebobuo/
炎上リミット:45ふん

「何これ?」
茶髪少女がいつの間にか黒い玉の前にしゃがみ込みながらしなもんに話かける。
「”何これ”じゃぁねぇだろ?”コレはなんでございますか?しなもん様”だろ?、まぁいい。最初だから教えといてやる。これはなぁ、お前らがこれからネットイナゴとしてつっこんでもらうターゲットだ」
ネットイナゴ?何ですか、ソレ?」
「あ、もしかしてソレって・・・」
ヒゲが親子連れの母親に視線を向ける。
「どうぞ、言ってください」
「あの、もしかしてSBMって奴でネガティブコメントをつける・・・ってことなの?」
しなもんがその母親に振り返る。
「その通りだ!なんだ、知ってんじゃねぇか」
「いや、その、前、ブログとかやってたから・・・」
「それじゃぁ話が早い。これからお前らはそれぞれネカフェに転送される。そこでこのターゲットにネガティブコメントをつけてブログを炎上させるんだ」
「あたし、よくわかんなーい。携帯しか触ったことないし」
そう呟いた少女に犬が・・・しなもんが今にも噛み付くような視線を向ける。
「あぁん?今更できねぇとは言わせネぇぞ!だいたいはてブは携帯からでも」
「うわぁなん、なんだ・・!!」
ヒゲの男が突如叫ぶ。見ると、ヒゲの頭が半分消えている・・・・!?
「お、もう始まったか、んじゃ転送されたらよろしくな」
「ちょっと待ってくれ」
今度は暗い目をした若い男が転送され始めていた。
「おれ、俺たちは、行った先で何を」
「おめぇ聞いてなかったのか、今までの話を?だから、はてブでネガ米つけて炎上させりゃいいんだよ」
「も、もし、それができなかったら・・・?」
突然、視界が半分消え、新しい視界が開き始めた。どうやらしなもんが宣言してた通り、どこかのネカフェのようだ。だが、まだマンションでのしなもんの声は聞こえている。
「あん?できなかったらだぁ?そりゃぁ、おまいら全員s」
途中で何も聞こえなくなった。どうやら転送が完了したようだ。
再び、呆然としながらも薄暗い個室の中で、ボクは目の前のディスプレイを見つめながらゆっくりとキーボードに手を伸ばした。
あの暗闇から見えた、眩い光を放つ、先頭車両が近づいてくる轟音を思い出しながら・・・。