知り合いの鬼の話

仕事の帰りしなにひょんな偶然で知り合いの鬼に出会った。
「よう、鬼じゃん」
「おう、久しぶり!」
どーしてこんなとこにいるのかと聞くとどーも鬼の総本山で集会があったらしい。
「え、何、鬼の総本山ってこの辺なの?」
「えー、知らなかったの?鬼の総本山ってあそこの山の麓なんよ」
「へぇー」
そんなこんなで話し込んでいる内にオレは前から鬼に対して思っていた疑問を再会した喜びも手伝ってここぞとばかりに彼にぶつけてみた。
「でさぁ話変わるけど、お前って人間喰ったことあんの?」
「何んだよ、藪から棒に、あ、この場合金棒か、あはッ」
最初はそんなふうにして話をはぐらかしていた鬼だったが、オレがしつこく聞くと、
「え、お前マジでそんな事知りたいの?んなこと聞いてきた人間ぶっちゃけお前が初めてだよ」
鬼はオレのそんな好奇心に呆れ果てながらも、オレの疑問を受け入れてくれた。
「てか正直オレがお前らに聞きたいんだけど、おまえら人間って自分たちのニオイに気づいてる?」
まず、オレの疑問に答える前にそんなことを鬼はオレに聞いてきた。
「なんだよ、それ。その質問がお前が人間喰ってきたかどーかと関係あんのかよ?」
「いいからさ、答えてよ、お前ら人間って自分たちが臭いとか思ったこと無い?」
「いやー人に寄るんじゃね?ホームレスやキモヲタは臭い思うけど、普通はあんま臭いとか思わんなー」
「・・・やっぱそーか」
鬼はそー言うと合点がいったよーに少し微笑んだ。微笑んだ笑顔にキラリと牙が覗く。
「よくさー、昔話とかでオレらの先祖とかがさー、人間のニオイがすっぞーどこに隠れてるんだーッ!みたいなこと言うじゃん?」
「・・・うん」
「あれってマジな話だったんよ」
鬼はそーゆーとゴクリと喉を鳴らした。
「うーん、なんつーかなぁ、風呂に入ってねぇとか香水とかそーゆーのとはレベルのちげぇ話なんだよなー」
言いながら、鬼は真っ赤な顔を思案深げに傾げさせた。
「説明しにくいんだけど、お前ら人間て共通のニオイがすんのよ、オレらにとっては。なんて喩えたらいいんかなー、あ、そうだ、一番お前らのニオイにちけぇーなーと思ったのは、アレだな、えっと、ほら、そうそう、魚肉ソーセージ!アレのニオイとお前ら人間のニオイって似てんだよ、まぁ催し度は全然違うけどな」
「催し度?」
オレがそう問い返すと、鬼は急に目線を外した。
「いや、あのぉ、なんちゅーか、子どもはまた別なニオイがすんだけどな、大人と違って・・・。んーこーなんちゅーか、甘酸っぱいとゆーか甘ったるいちゅーか、あ、人間のゲロのニオイと子どものニオイが似てるなぁ・・・わかる?」
わかるわけない。しかし、そんな事はおくびにも出さず俺は先の話題をまた鬼に振った。
「おまえらがオレらのニオイに敏感なことはわかったからさ、そいでお前は人食ったことあんの?」
鬼はしばらくオレをじっと見つめた後、ぼそっと呟いた。
「・・・あるよ、もちろん」
「・・・!」
心のどこかで予想はしていたものの、いざ俺はその答えを聞くと「マジでーッ!」「ゲーーーッ!」とかベタなリアクションさえ出来なかった。
自分でも想定できなかった動揺を鬼に悟られまいとオレはさらに鬼に質問した。
「で、うまかった?」
動揺したせいか、オレの質問はひどく間の抜けたものだった。しかし、そんな間抜けな質問にも鬼はちゃんと答えた。
「いや、最初は正直マズかった。てか、オレは最初の最初は戻しちまった、すぐにな」
そー言うと、鬼はいかにマズそーな顔をした。記憶が蘇ったのだろう。
「あんだろなぁ、うーん、すげぇ酸っぱいんだわ、お前らの肉って。牛とか馬とか鹿とかと違ってな。」
なんだ、倫理観で気持ち悪くなったわけじゃないのか。まぁ鬼だからあたり前だが。
「でもさぁ、マズいんだけど、うーん難しいんだけど、オレらもある年齢に達すると、そのマズーいもんがすげー喰いたくなる時がくるンよ、まぁおまえら人間の中学生がオナニーに夢中になるだろ、罪悪感に苛まれても。あれと似たような感じかな?」
「・・・ふーん。」
現実離れした話をさらりと語って聞かせる鬼に対して適切なリアクションなどもちろん知らない俺はあたりさわりのない返答を返した。
「オレも最初はさぁ、んなもん喰えるかよ、オレだってお前みたいな友達がその頃にも何人か居たからさー、喰うわけねぇって思ってたんだわ。だけどよぉ、ある朝突然、匂うのよ、お前らのにおいが。魚肉ソーセージみたいな臭いがな。それまで全然臭わなかったお前らの臭いがプンプン匂って来るのよ、不思議だよなぁ〜アレは。あの臭いを嗅いだ途端、今まで喰えるわけねぇっとか思ってた考えなんか吹っ飛んじまうのよ、うーん、お前ら人間にはわからんのだろーなー」
わかってたまるか。わかったらオレも鬼の仲間入りだ。
「えー、そーすっと、性欲みたいなもん?」
「え、うーんオレらお前ら人間ほど交尾にヴァリエーションを加える欲求がねぇからなーわかんねぇけどw。いや、でももっとずっと強力な欲求だと思うなぁ、気づいたら喰ってるもん、マジで。」
「こえぇーーーww」
オレはやっとそこでリアクションらしいリアクションが取れるよーになっていた。まぁちょいとリアクション間違いな感じではあるけれど。
「そーさなぁ、今じゃ一ヶ月に2、3人は食ってるかなぁオレも。まぁさすがにお前みたいな親友は喰わねぇけどなw」
「あたりめーだろw喰われてたまるかよ!」
オレは自分の笑顔が強張ってるのを意識しながらも、その強張りを解くことはできなかった。
「あーそろそろやべぇわ、帰んないと親父に怒られるわ、マジ鬼みたいに怒るんだぜ、オレのオヤジ」
「つか、ホントに鬼だろw」
そんなこんなで別れ際に二言三言鬼と言葉を交わしたオレは再び駅の改札口に向かおうとした。
すると、けたたましいオンナの悲鳴が聞こえた。何事かと振り返ると、今月に入ってからまだ一人しか食ってねぇとほざいていた鬼の野郎がオレと別れた途端吹っ切れたのか、女子高生を頭から食おうとしてたので、さすがのオレもキレて鬼をその場で退治した。
所詮、鬼。奴らは場を選ぶっつぅーことを知らん。