謎のリンクを配る男たち

その男たちは昼下がりのとある住宅街に突然あらわれた。
ピンポーン、ピンポーン
こんな昼間に誰かしら、回覧板なら昨日回したばかりだし、新聞代も一昨日払ったし・・・。
宜菜子は訝しげな表情でドアチェーンを外さないまま、慎重にドアを開く。すると見慣れぬ水色のツナギを着た男たちが玄関先に佇んでいた。
「すいませーん、はてなの方から参りましたー」
妙に明るい声色に宜菜子はかえって警戒心を強めた。
「あの・・・、どなた?」
そんな警戒心に満ちた宜名子の様子を微塵にも解さないようにその男は応じた。
「いや、あのですね〜、ただいま、はてなをご利用されてるお客様にですねぇ〜サーバ移設に関する注意事項を戸別にお伝えしているんですよぉ〜というわけで開けてくださいませんかねぇ〜」
そう言い終えると、その男はさりげない動作で靴をドアの隙間に挟み込んだ。見ればそれは安全靴のようであった。
しかし、いくらさりげないとはいえ、宜菜子はそれを見逃さなかったし、それがその男の声色とは全く異なった意図を孕んでいることにも既に気づいていた。
だが、その有無を言わさぬ男の行動が宜菜子をかえって恐怖の鎖で捉えることを成功させた。
震える手でドアチェーンを外す宜菜子。
「いやぁーすいませーん、無理を申しまして、実はですねーはてなもアクセスビリティーを向上させるためにですねー」
宜菜子は半ば惚けたような表情でその男がペラペラとまくし立てるのを眺めていた。まるで現実感がないのだ。言いようのない恐怖によって宜菜子の思考が遮られたためだった。
「我々はですねーそんなお客様のご要望に極力沿っていく方針でして、その結果、サーバ移設ということにあいなりまして・・・」
男の良く動く舌から発せられた、意味を伴わない言葉の連なりが宜菜子の目の前を通り過ぎていく・・・。
そんな麻痺した頭の中で突然、警告を告げる宜菜子自身の心の声が聞こえた。
「ダメよ!ぎなちゃん、この人たちを家の中に入れてちゃダメ!この人たちは危険だわ!」
しかし、その声に従おうにも体が動かない。表情は柔和でも強引に押し入ってきた男たちの恐怖に宜菜子はがんじ搦めにされていたのだ。
「ですので、今ですねぇアカウントをお持ちのお客様にチェックサービスとして」
「あの、ちょっと、ちょっと待って下さい」
ようやく搾り出した宜菜子の声は本人が思ってた以上に恐怖と不安でかすれていた。
「あ、あの、よくわからないんですけど、そのはてなというのは」
「あぁーこれは失礼しました、では主にメインでご利用されてたのはご主人なんですね?でしたら奥様、我々はですね『つながり』をキーワードとした、ご家族皆様の・・・」
宜菜子の質問はまるで空中に浮かぶ泡のように漂った。主導権はこの男たちが握っているのだ。余計な疑問や質問は許されないことを男たちの態度は示していた。それは痛いほどに・・・。
「・・・ところで、こんなことをまた申し上げてはいけないとは思うのですが、いやー我々も奥様とじっくりとお話をさせて頂きたいですし、そのぉ〜上がらせてはいただけませんかー♪」
そこから先、詳しいことは覚えていない。ただ、男たちが入れ替わり立ち代りに横文字の難しい、宜菜子には到底理解できないような言葉を並べ立てたのは覚えていた。男たちは如何に「はてな」が素晴らしいか、そしてまた如何にその「はてな」のアフターサービスを実施して回っている自分たちが信用できるかということを手を換え品を換えまくし立てていったのだった。また、厚かましくもその男たちの中の一人は宜菜子に喉が渇いたということで飲み物さえ要求した。
「あのぉすいませんけど、ダイエットコークありますかね?」
異様なほど目をギラつかせながらも、カエルのように腹を突き出したその男はまるで当然の如く飲み物を要求した。
「あ、え・・・あの、その、『新世紀エヴァンゲリオン』LCL注水完了:オレンジジュース味ならございますけども・・・」
「ちっ・・・あ、じゃぁそれでいいや」
あからさまに舌打ちをすると、その男は汗で脂ぎった額をハンカチで拭った。
戸惑いつつも宜菜子がテープルに件の飲み物を男たちの前に並べ置くと、その男は先程不服を表明したのを忘れたかのように我先にオレンジジュースを飲み干した。
「すいませんねぇ、我々がまるで奥さんに要求したみたいで・・・へへへ」
実際に要求しておきながら、リーダーらしき男は表面上だけでも取り繕おうと礼の言葉を述べた。だが、その顔には感謝の意が微塵にも感じられないような下卑た笑いだけがあった。
思わず宜菜子は軽い吐き気を催した。
  
・・・やがて、そんな永遠にも思われる悪夢のような時間も過ぎ、ようやく男たちが帰っていったのは3時間後の夕方であった。ただひとつのモノを残して。
それは見慣れない文字列であった。
http://tinyurl.com/36zogh
パソコンに疎い宜菜子でも、それがURLらしいことだけは理解できた。
途切れ途切れに男たちの言葉が蘇る・・・。
「ですので、奥さん、はてなが重いなぁーとか、エラーで開かないなぁーと思ったら・・・必ず、”この”アドレスにアクセスしてくださいね!お願いしますよ、必ずですよ!」
再び不快な感情に押し流されそうになりながらも、宜菜子はふつふつと湧き上がる自身の好奇心に打ち勝つことができなかった。
夫の書斎に向かった宜菜子は慣れない手つきでPCを起動させ、例のアドレスを人差し指で一文字一文字づつ入力していった。
その時、再びあの声が宜菜子の頭の中に響いた。
「ぎなちゃん、らめぇ〜〜!もしもグロ画像やウィルスだったらどーするのぉ〜!?こんなワケのわからないアドレス開いちゃらめぇ〜!!」
しかしアドレスを入力し終えると、その声を無視するかのようにEnterキーを押している宜菜子がそこにいた。
大丈夫よ、きっと。アノ人のことだからウィルス対策はちゃんとしてるだろうし、それに意外とこう見えて私はグロに強いのよ。いえ、女ならある程度のグロ耐性は皆もっているもの・・・。
そう一人呟きながらページが開くのを待っていると、グロでもウィルスでもない、何の変哲もないサイトが画面に表示されていた・・・。
                  :
                  :
玄関の鍵の開く音が真っ暗な部屋の中に響く・・・。
「・・・おーい、いないのかー?宜菜子〜、おい・・・なんだ電気もつけずに・・・」
夫の史郎人は出迎いに出てこない宜菜子を不審に思いながら、書斎でPC画面を見つめる宜菜子に呼びかけた。
「おい、居ないと思ったら、こんなトコで何してるんだ・・・ダンナが帰宅したってのに・・・、おい・・・聞いてるのか、おい、宜菜子!・・・ん、おい?おい、どうしたんだ宜菜子?おい!!宜菜子!!」
史郎人の声が一切聞こえないのか、宜菜子は食い入るようにPC画面を見つめたまま、あるボタンをクリックしようとしていた。
オレ理論グループの参加申請ボタンを・・・。