出川のウロボロス <悪夢回廊>

その時、軽い眩暈をおぼえた出川は改めて店を見回した。なんの事は無い普通の居酒屋である。ホリと原口は携帯電話をかけに外へ出て行ったので、今は目の前にいる女と二人きりだ。軽いデジャヴ感を振り払うが如く、何の気もなしにバラエティ番組のウラ話を女としてると、突然、女はこう切り出し始めた。
「私、ずっと前から出川さんのファンだったんですよ」
その言葉、いや、その台詞を聞いて出川はがっくりと肩を落とす。
また、このパターンか。
女は続けて、如何に自分が出川のファンかをとうとうとしゃべっているが、当の出川はそんなことはうわの空で、話を聞いてるフリをしながら横目でCCDカメラを探していた。
いつからだ、このドッキリが始まったのは。まさか、この打ち上げの前の収録自体ニセ番組か?
しかし、原口とホリには不自然な様子は見られなかった。いや、以前もあまりにも仕掛け人の演技が自然だったため騙されたことがあった。しかし、このメンバーで2次会に来ることを前もって決めていなかったことも確かだ。
いや、ロンブーがウラで控えているのではないかという疑念自体、全て職業病としての妄想、気のせいかも知れない。だが、そうは思いつつも、マネージャーのスケジューリングが妙だったことを思い出す。しかも、今朝めずらしく10年も会っていない地元の友達から電話があった。
なんだ、やつら一体何をしようとしてるんだ。
もしかしたら、これはタダのドッキリではなく、もう少し長期のドッキリかも知れない。ところで、その友達の名前がハッキリと思い出せない。いや、アイツ自身の印象が思い出せない。あ、もしかしてこの記憶自体・・・。そこで、出川は以前バラエティで催眠術をかけられた事を思い出した。あの時は仕方なく演技でかかっているリアクションをしたが、その後、何日間か頭がぼんやりしていたことも思い出す。その"ぼんやり"とした感覚は同時にひどく懐かしいものであった。出川は中学の時代から常に回りの人間との間に妙な違和感を感じていた。あの、他人と自分を隔てる透明な膜が存在するような感覚はあの催眠術での"ぼんやり"とした感じとまるでそっくりではないか。まさか、あの頃からオレは騙されていたんじゃないだろうか?いや、まさか・・・でもひょっとすると、この居酒屋もスタジオのセットじゃないのか?、そもそもオレが今、目の前にしている女は本当にここに実在するのか?
出川は様々な疑念の奔流に思考を呑まれながら、あいかわらず話し掛けてくる女をぼうっと眺めながら、
徐々に崩壊していく
自身の記憶と
自我を感じながら、
やがて考える
事をやめ、
静かに
目を、
閉じ


スタジオ:ロンブー淳「あ、出川さん、寝ちゃいましたよw」