事務室の中には通報装置ともっとましな外線電話があることを思い出し、すぐ近くの事務室のドアノブに手をかけた。しかし、なにやら濡れた感触から手を思わず引っ込めてしまう。濡れた綿の手袋を鼻に近づけ、においを嗅いでみるも何も匂わない。いや、かすかな腐臭のような、なんとなく記憶の底に引っかかるような臭いがあった。
とりあえず、慎重にドアノブを回し、中に入るとその散乱振りは窓口から見た時よりもひどいものであった。
灰皿や筆記具はすべてひっくり返され、椅子も横倒しになっているものがあった。しかし、物盗りや闖入者にしてはなにか奇妙さを感じさせる乱雑さ具合ではあった。
警棒を手にしながら、そろそろと衝立の裏に回ると、さきと同様に、書類や名簿・カルテらしきものが床に散乱していたが、ひとつだけ異彩を放つものが置かれていた。それは一般の運輸会社や警備会社が使用するものとは異なる通常のものよりひとまわり大きい無線機だった。普通、このような無線機を使用する組織はひとつしかない。
それは警察だ。