奇妙なことに公衆電話の受話器は誰かが慌てて置いたように、下にぶらりと垂れ下がっていた。悪態付きながらも財布から10円を取り出し、事務所の番号を押す。
ひどい雑音とともに呼び出し音が鳴るが、一向に出る気配が無い。
しばらくして、受話器を置きかけたところ、突然 沈黙は破られた。
「・・・ず・・・ふ・・・よみ・・・」
その音は典型的なホワイトノイズの嵐によって、注意しなければ聞き取れないものだった。
「あー、もしもし、大木さん?阿漕ですけでど、今、笠原愛生会ホームにいるんですけど、ちょっと聞こえが悪くて大きな声ではなして・・・」
「い・・・は・・・や・・・ぬけ・・れ・・・・・・わ・・・いね・・・」
かすかな男女の区別もつかないようなその囁くような声、というより音は突然途切れた。
首をかしげながらも受話器を元に戻し、再度事務所の番号を回すが、雑音のみで繋がらない。先ほど聞こえた奇妙な声に戸惑いながらも、取り出し口から10円を拾う。