小堺一機のウラの顔

午後5時29分。予定の約15分前に目的のホテルに到着する。小堺は正面玄関ではなく、関係者用の入り口から、あらかじめ用意した腕章と名札を付けてホテルの会場へと足を運ぶ。完全に気配を消す技術を劇団から習得していた小堺にとって、他の報道関係者に混じり、中へ侵入することは容易いことであった。小堺は一度も気づかれることなく、関係者席につき、ターゲットの出現をうかがう。
5時34分、記者たちの動きからターゲットが姿を表したことが察せられる。小堺は慎重にターゲットとの距離をつめていく。有効距離は3.5m。これ以上近づきすぎては気づかれる危険性があり、遠すぎれば、有効打とならない。チャンスは一度のみ。ターゲットが記者会見場の会見席に向かう直前しかない。ターゲットが幹部たちを伴って、会見席に向かう刹那、小堺はおもむろに両手を筒状に丸めたまま重ね、口元へ持っていく。記者たちはターゲットへの質問に余念がなく、誰一人小堺の動きに注意を向ける者はいない。
やがて射程距離内にターゲットが入り、小堺の上半身の力全てが腹筋に集中する。
「フッ!」
つぎの瞬間、ターゲットは前へ倒れ込み、SPらしき者たちが記者たちをかき分けて、倒れたターゲットへ駆け寄っていく。すぐに幹部たちは警察と救急車の手配を指示しているが、もう手後れであろう。小堺から発せられた不可視の空気の針は確実にターゲットの頚動脈に刺さり、血を一滴も流さず、傷も残さなかった。もちろん、凶器も無い。なぜなら、小堺の吹き矢はターゲットの"リアクション"神経を確実に刺激するからである。おそらく明日には心臓発作としてマスコミに公表され、今回の球団売却の話も延期されることであろう。
依頼を無事に遂行した小堺は混乱を極める記者会見場を人知れず離れ、小さなサイコロを振る。すると、ちょうどテレビで依頼が完了したことを知った依頼者からの電話が鳴る。
「・・・今日は当り目なので報酬は無料だ・・・。」
裏の世界において小堺は畏敬の念を込めてこう呼ばれる。
クロコ13と。